日本で旋風を巻き起こしたボディコンブーム

体にフィットしてボディラインを強調するボディコンは、日本において1980年代にブームが巻き起こしています。元々は1981年にミラノコレクションで発表されたドレスが最初で、正式名称はボディ・コンシャススタイルです。

ボディ・コンシャスの意味は体を意識するですから、ボディラインを強調する作りなのも納得です。日本では略称が浸透して広まり、そして定着したといえます。

 

ジュリアナ東京に象徴されるワンレンボディコン

このミラノコレクションの発表後、様々なブランドからアイテムが発表され、1つのファッションスタイルの確立に至ります。女性らしさや解放といった主張に活用された側面もありますが、日本だとカジュアルに、遊び用の服として愛されました。

ブームが本格化して、一般的に知られるようになったのは、ディスコやジュリアナ東京といったキーワードが有名になった1990年代前半のことです。ワンレングスのヘアスタイルや長い爪、逆立てた前髪と並び、ボディラインがくっきりと表れる服装はインパクトを与えました。

原色系の服や太眉のメイクと、肩パッドとヒールの高さも特徴的なポイントです。女性達がお立ち台で踊り明かす姿は、まだまだバブルで経済が盛り上がっていた時代を印象づけます。

パンストブームが1990年代前半まで続いたので、丁度ブームを二分した形だといえるでしょう。この服自体はワンピースの一種で、短めに作られているのが特徴です。

 

ボディコンがブームになった理由

ボディコンがブームになった理由は、女性達が自分の魅力をもっとアピールしても良いと気がついたことが1つです。勿論、単純に異性の気を引きたいという理由もあったと考えられますが、こぞってボディラインを隠すどころか強調したことから、大きな意識の変化が起こったのは事実です。

ブームにおいて一躍注目を集めた荒木師匠は、お立ち台の女王やディスコの女王と呼ばれました。テレビの出演が注目の切っ掛けで、映像的なインパクトがお茶の間に衝撃を与えています。

女性らしいボディラインが出る密着した服に、ミニスカでハイヒールという出で立ちですから、それ以前の一般的だった服装とは一線を画します。手にはジュリセンと呼ばれた羽扇子を持ち、周囲の目を気にせず踊り狂う様子は、抑圧を感じていた女性達に、自身を解放する切っ掛けを与えたと思われます。

共感する人が次々に現れたからこそ、ジュリアナ東京を始めとしたディスコに人が集まり、盛り上がりを見せています。

ディスコブーム自体は、黎明期の1960年代から度々起こっていますが、ジュリアナ東京で再び火がつくまでの間には長い衰退の時期がありました。ボディコンはまさに、1990年代のディスコブームと共にあって、このブームを象徴する服でもあったわけです。

関連リンク:バブル期に世界的なブームとなったボディコン。思わず目が釘付けになるこのスタイルを振り返る。

 

露出が激し過ぎて世論の反発を招く

しかし、セクシーさを競い合う人達が増え、禁止されていた露出度の高い服装で踊る人が出たことで、また違った注目を集めることになります。ブームは地方にも飛び火して、各地でディスコが盛り上がりましたが、露骨な露出姿で踊っても良いと勘違いした人達が少なくなかった結果、世論の反発を招きました。

警察も無視することができなくなり、あまりに露出が激しいディスコは指導され、お立ち台が撤去されたケースもあります。次第に盛り上がりは冷めていき、客足が遠のいて営業の継続が難しいお店が増えました。

ジュリアナ東京の閉店が決まると、それに伴いボディコンブームも終わりを迎え、かつての盛り上がりは過去のものとなりました。2000年代に入るとすっかり見掛けなくなりましたが、経済が右肩上がりで誰もが希望に満ちていた、バブル期を象徴する服として人々の記憶に残り続けます。

 

今後ボディコンブームは再来するのか?

将来的にブームが再来するかは未知数ですが、女性が自分らしく表現しても良いことを教えた服なのは間違いなく、大きな役割を終えたと考えられます。現在では、80年~90年代の服装を再現する服として、ボディコンがアイコン的に選択されることがあります。

景気が良く開放的な気分で踊れる姿は、経済が低迷して現実が苦しい現代人にとって、ある種の憧れの的です。当時を知らない若い世代には何もかもが新鮮ですし、時代のギャップを感じながら、バブリーなファッションを面白がるのも頷けます。

あれから30年が経過したわけですが、今もインパクトを与え続け、当時を思い出させる切っ掛けになっているのは凄いです。つまりそれだけ服が持っている力が強く、人々を引きつける魅力を備えることを意味します。

同時期にブームになって、今でも時代を超えて愛され続けているパンストは、誕生の歴史が古いので単純な比較は困難です。

➡️パンストの意外な歴史

 

まとめ

日本人は熱狂しやすく冷めやすいところがありますが、ボディコンブームに目を向けて分かるのは、急激に盛り上がり短期間でブームの終了を迎えたことです。

ジュリアナ東京の営業期間は約3年ですから、1980年代にじわじわとブームが始まり、ディスコブームで一気に需要が高まって、その後終わりと共に廃れた形です。